tumblr junkie in tokyo。もう、ほうっておいてください。

 

現代ほど人間が信じあえぬ時はないとあらゆる活字は書きたてる。
現代ほど人が一人ぼっちである孤独な時はないように
マスコミは叫びつづける。

そして、そうした人間疎外や人間の孤独を売物にしている
インテリがいかに多いか。
そうしたインテリたちが本当に孤独なのか
その眼を見ればすぐわかる。

彼等の甘ったれた表情を見ればすぐわかる。
諸君はそんな自虐的で
いい加減な言葉にだまされてはならぬのである。


人間は決して孤独であってはならぬし、
人間はもう一人の人間を信じるようにせねばならぬ。

finalventの日記 (via picapixels) (via dannnao) (via skashu) (via gkojay) (via eternityscape) (via taidoh)

また、最近では俳優ではない人、あるいは演技の経験が全くない人を配役する傾向が強いですね。それは問題だと思いますか?

確かにそうですが、演技を教える方法がここは余所と比べて全然違います。日本では、演技の勉強をすれば結局一様に同じ芝居をするようになってしまいます。 泣くといえば皆同じように泣くし、怒るというと同じにようしか怒りません。欧米の俳優たちは何度でもやるたびに違うように演じることができますし、やるたびに面白みが出せます。演劇の勉強の仕方が、とにかく全然違っているのです。彼らは戯曲を書くことも学ぶし、演出サイドから自分を見ることも勉強してい ます。役作りでも上辺だけではなくて、なぜそういうことを言うような人間になったのかということを掘り下げる訓練を非常によくやっています。日本ではそうじゃないので、日本の演劇の勉強ならしない方がいいと思います。

それと結局素人がやってもいいような、そういう映画を撮っているんですね。ですから日本の場合勉強していることがいいように出てこなくて、逆に変な風になってしまいます。素材としては全く演技の勉強をしていない、あるいは経験のない人のほうが使いやすく、逆に自然に撮れたり印象を残せたりするので可能性が大きいですね。俳優にそれまで習った退屈な芝居をやめさせて、 新しいことをさせるのは本当に大変なことだから、この状況はしょうがないと思います。で、人気がなくなったら、どんどん取り替えるという感じですね。それが日本の現状で、まあしょうがないんじゃないでしょうか。残る人は残っていくだろうし。

もうどんどん映画館そのものがなくなっていっていますし、フィルムそのものもほとんど存在してないですよね。どんどん時代が変わってデジタルで撮るので、映画を撮るカメラといっても小さいものになっています。カメラ自体も安いですし。そうなってくるともう俳優というのも必要なくなって、誰でも映画監督になって皆が一人で映画撮るような時代になっていくんじゃないでしょうか。そうなったらそうなったで、またとんがったいい作品が出てくるんじゃないかと期待はしています。

http://blog.anthropologie.com/post/92463115088

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